小久保よしあき氏(ボイトレエンタメユニットBRIDGE はる先生)からSVCライセンスを付与された、科学的ボーカルコーチの“ボイトレ王子”こと、エレ様です。
SVCのライセンスを取得する際に、ウン十万円掛けて学んだ全知識、いやそれ以上の情報を、こうやってコラムとして無料での公開に踏み切りました!
歌における腹式呼吸は悪に等しい
ボイトレに興味が無い人でさえ、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?「歌は腹式呼吸」の概念を。
実際に私自身も、鹿児島でボイトレを受けていた頃は、どこのボイトレ教室に通っても先ず、腹式呼吸からやらされました。
「横隔膜を引き下げて」、「お腹の支えで」ってよく言われたなぁ…
空気をたくさん吸い込めば、その反動でたくさん吐き出そうとする力が働くことが立証されています。
あくまで「歌において腹式呼吸は悪」という意味です。
健康のために薦めるお医者さん等は、また別の話ですからね。
歌における腹式呼吸が悪に等しいと言える根拠
詳しくは、ボイスカルチャージャパンの代表である加藤寛理氏が、公式YOUTUBEにて解説してくださっています。
- 息が漏れる
- 声門加圧
- 呼吸筋
- 呼吸の自動化
- 精神を鍛える
腹式呼吸はそもそも、発声に用いるモノでは無いようです。
腹式呼吸肯定派のボイストレーナーが最も大きなメリットとして伝えていることって、「たくさんの空気を取り込めるからブレスで有利、ロングトーンで息が持つ」ってことですよね?
ですがその最大のメリットである筈のブレスの有利性が否定されている上に、息が漏れるせいで声帯の圧着時間にも悪影響を与えるため、強い声・通る声の観点からもマイナスです。
私の師匠である世界的ボイトレ団体※Estill(エスティル)のIVAVA氏から、実際に私自身も同じような指導を受けました。
確かに腹式呼吸の方が、胸式呼吸に比べてたくさんの息を吸い込むことが出来ます。
ですが、出ていく息のスピードも速いので、じゃあ意味ないじゃん!って話です。
いくら「たくさんの息」が吸えたとしても、その反動で大量の息が出て行ってしまう方が、むしろ早く息の燃料は途絶えてしまいます。
しかも、大量の息が声帯を通過するということは、それだけ声帯に掛かる負担も大きく、声帯の圧着時間に悪影響を及ぼしかねません。
「腹式呼吸の神話は私たちの代で消滅させるのだ!」と、力強い意気込みを語ってくれていますね、IVAVA氏。
EVTエスティルボイストレーニングとは、イタリア系アメリカ人ジョー・エスティル氏(1921~2010)が確立した、科学的なボイストレーニングメソッドです。
25年以上にわたる研究に基づいたメソッドは、今では世界中の舞台人から頼りにされています。EVTメソッドは、他の発声方法を否定するものではなく、「声のコントロールのためのフィギュア」と呼ばれる発声に関わる器官の働きとコントロール方法を学ぶものです。これらはEVT独自のもので、最新の研究でアップデートが続けられています。日常的なエクササイズを通して各器官のコントロール方法を学び、様々なジャンルやスタイルに対応する事が出来る、6種類のヴォイスクオリティーを習得する事も出来るようになります。
https://www.inavoicestudio.com/info
腹式呼吸肯定派が力説する最大のメリットが、全否定されているなんて…。
クラシカルな概念
日本におけるボイトレの歴史を紐解けば、クラシック業界の常識を持ち込んでしまっているせいで、科学的にはとうの昔に否定された非常識が、常識化してしまった側面があります。
スクールによっては、講師の採用条件に「音楽大学の声楽科を卒業した者」と定めている所も存在します。
我々のような科学的ボイトレのライセンスを取得した者からすれば恐ろしい話です。
私はSVC公認ボーカルコーチですが、SVCのSは、Scientific(科学的)のSですからね!
クラシック業界では腹式呼吸が重要なのかもしれませんし、それを美徳として納得しているのであれば全く問題ありません。
クラシック業界そのものを批判するつもりは、毛頭ないのです。
問題なのは、それをコンテンポラリー業界においても、説明なしに指導していることです。
クラシックとは古典的という意味ですから、言わば科学的とは正反対の対義語です。
日々進化し続けるコンテンポラリー音楽に対して、古典的な非科学的手法で指導することが、果たして本当に正解だと思いますか?
どうしてもそれを指導したいのであれば、「科学的には否定されているのですが、それでもいいですか?」と、生徒の了承を得るべきです。
だって生徒側は、まさか高いレッスン料を支払って、自分が科学的に否定された指導を受けているなんて、恐らく想像もしていないと思いますから。
例えばダンス&ボーカルグループなんて、踊りながら歌うわけじゃないですか。
単純に腹式呼吸なんて、やってる余裕無いでしょ…って思いません?
デーモン閣下に至っては逆立ちしながら歌うわけですから、これで腹式呼吸はちょっと、流石に非現実的な気が…それとも、デーモン閣下は「悪魔だからなせる業!?」
歌における正しい呼吸法って?
ここまで読み進めて頂いた方には、歌における腹式呼吸がいかによくないことか、ご理解いただけたと思います。
では、歌における呼吸法って、何が正解なのでしょうか?
要するに、そもそも「呼吸法」なんてものを身に付けようとすること自体がナンセンス。
胸式呼吸は、ぐずっている子供が肩をヒクヒク上げながら泣くときの、アレです。
アメリカの大学で、呼吸器について勉強されていた桜田ヒロキ氏は、動画で次のように解説されていました。
胸式呼吸とは、歌で使うのはあまり推奨しない筋肉である、胸鎖乳突筋・僧帽筋を使う呼吸法なのです。
もし呼吸のトレーニングを必要とする人がいるならば、それは「胸式呼吸になってしまう人の胸式を取り除く場合に限る」と考えて、差し支えないのではないでしょうか。
力強い発声と呼吸は無関係
話は変わりますが、多くのシンガーが【力強い歌声≒沢山の息】と考えがちです。
その為、ベルティングボイスのような力強い発声に、腹式呼吸は相性がいいと勘違いしてしまうのです。
ベルティングの元祖と言われる、上記でも紹介した世界的ボイトレ団体Estillにおいて、「ベルティングの伝道師」の異名を持つNaomi Eyers(ナオミ・アイアーズ)氏が下記のようなデモンストレーションを披露しています。
火のついたキャンドルの前でベルティングしているのに、火が消えるどころか揺れもしないなんて…これぞワールドクラス!
NAOMI EYERS は 30 年間にわたり演奏とレコーディングを続けています。彼女は1986年にキャバレーグループ「ザ・ファビュラス・シングレット」を結成し、エディンバラ・フリンジで「ピック・オブ・ザ・フリンジ」を受賞し、その後ロンドンのウエスト・エンドでオリヴィエ賞の最終候補に残った。彼女は、BBC とチャンネル 4 の特別番組、ロイヤル バラエティ、ダンス ヒット チャートなど、オーストラリアと海外の両方で幅広いレコーディングとテレビの経験を持っています。彼女はジャズ、ソウル、RnB シンガーとしてキャバレーやコンサートで定期的にツアーを続けています。
https://www.essentialvoice.com.au/vocal-training-team
私もオンラインでナオミ氏のベルティングワークショップを受講しましたが、彼女の発声には度肝を抜かれました(笑)。
このデモンストレーションでポイントなのは、画像2枚目の「もし沢山息を吸って、沢山息を吐き出していたら、このキャンドルの火は消えますね」というところです。
腹式呼吸に話を戻すと、長年「たくさんの息を吸えるから歌に有利」と教えられてきたことの信ぴょう性が、揺らいでいますよね?
まとめ
残念ながら、日本におけるボイストレーニング業界には、未だに腹式呼吸の神話が根付いています。
腹式呼吸でたくさんの息を吸えれば、呼吸が長続きするなんて考えは、非常に浅はかです。
実際には、「たくさんの息を吸えば、その分の反動でたくさんの息を吐き出してしまう」為に本末転倒ですし、ベルティングのような力強い発声をするにも、声帯の圧着時間が短くなり、不利になるということです。
つまり、「腹式呼吸は歌の基礎」どころか、「百害あって一利なし」ってことですね。