小久保よしあき氏(ボイトレエンタメユニットBRIDGE はる先生)からSVCライセンスを付与された、科学的ボーカルコーチの“ボイトレ王子”こと、エレ様です。
SVCのライセンスを取得する際に、ウン十万円掛けて学んだ全知識、いやそれ以上の情報を、こうやってコラムとして無料での公開に踏み切りました!
冬が近づくと歌いたくなる(なんなら夏でも歌いたい)名曲、レミオロメンの『粉雪』。
高音と言っても、「めちゃくちゃ高いわけではない」のに何故か歌い辛い曲、それが『粉雪』ですよね。
そんな『粉雪』ですが、なぜそれほどまでに歌い辛いのか?その理由を、ロジカルに解説してみようと思います。
粉雪が歌いづらい理由
- 音域が広くレジスターリングが難しい
- チェストボイスが重くなりやすい
- 高音で「あ」の母音が多く使われている
- A4(ラ)へ跳躍するメロディーライン
- イメージに囚われ張り上げやすい
粉雪が歌いづらい理由ですが、ざっとこのような理由が挙げられます。
それでは一つずつ、詳しく解説していきます。
音域が広くレジスターリングが難しい
レジスターリング、なにやら聞き慣れない難しい言葉が出てきました。
別名、BRIDGE(ブリッジ)とも呼ばれます。
下記添付の図が、「BRIDGE表」と呼ばれる、男女のレジスターの目安を現した図です。
1st Bridge、2nd Bridge、3rd,、4th…の部分が、いわゆるミックスボイスで歌うべき音域です。
地声と裏声が切り替わるエリアであり、そのエリアは一つではなく複数存在するということです。
注意すべきは、女性にあるミドルボイスと呼ばれるレジスターが男性には存在しないという点。
男性は女性に比べてチェストボイス(地声)の音域が圧倒的に広く、高音域側の音域が狭い為、地声音域と裏声音域の真ん中に該当するミドルボイス音域が存在しないというわけです。
地声から裏声の音域までトーンの解離がなく、一本に繋がった状態です。裏声もいわゆるファルセット(芯のない裏声)ではなく、ヘッドボイス(芯のある裏声)と繋がるため実用的です。声帯への負担も少ないので、声枯れや故障のリスクも軽減できます。
https://elegant-voice.com/method/
大前提として、このミックスボイスが発声の土台として無い状態ですと、粉雪を歌うのは厳しいと言わざるを得ません。
粉雪の音域を見てみよう
では『粉雪』の音域を、このBRIDGE表と照らし合わせて見てみましょう。
かなり低めのチェストボイスから、セカンドブリッジまで使われている、非常に音域の広い曲です。
近年流行りのハイトーン系の曲と比べると、それほどキーが高いわけではないですが、音域で見ると2オクターブ近いことが判ります。
大体、一般的な男性の音域に収まっているように見えますが、逆に言うと、一般的な男性の音域がほぼフルで使われているような曲だということです。
低音域はギリギリ平均に収まっているくらい低く、高音域はA4(ラ)が平均を飛び越えている為、高いです。
音域が広いと、このレジスターリングと呼ばれる「発声のギアチェンジ」が何度も起こる為、歌い辛いと感じるわけです。
チェストボイス(地声)が重くなりやすい
次に挙げられる理由が、低音域がかなり低い為、チェストボイスが重くなりやすいという点です。
トップノートがセカンドブリッジのA4(ラ)ですので、この音域はミックスボイスでなければ、地声だと相当しんどく、一般的な音域の男性は最後まで持たない場合がほとんどです。
私個人の話をすると、地声じゃなくとも、ベルティングのようなパワフルな発声では後半がキツくて持たないです。
バランスの崩し方としては、2パターン考えられます。
- チェストボイスが重すぎる余り、ミックスボイスが軽く聴こえる
- チェストボイスが重すぎることと連動して、ミックスボイスも重くなる
チェストボイスが重すぎる余り、ミックスボイスが軽く聴こえる
低音が低いからといって、チェストボイスを余りにもしっかり声帯が接触した分厚い声で歌ってしまうことで聴覚上、相対的にミックスボイスが軽く聴こえてしまうという現象が起こります。
この状態を私は、ヘビーチェストと定義しています。
低音域だからこそ声帯が必要以上に分厚く接触し過ぎている状態をELEGANT VOICEではヘビーチェストと定義し、5ボイスタイプで捉えています。プルと併発しやすいですが、それほど極端に叫んだりはしていなくても、そもそもの声帯が分厚い人は声が重くなりがちです。
https://elegant-voice.com/method/
声のグラデーションを考えた時に、綺麗なミックスよりも地声の赤色が強すぎる為、裏声の白色が悪目立ちしてしまうわけです。
チェストボイスが重すぎることと連動して、ミックスボイスも重くなる
チェストボイスが重すぎると、それにつられてミックスボイスまで重たくなってしまい、高音域でキツいと感じてしまうことはよくあります。
ミックスボイスはバランス運動ですので、低音域が重たいほうに偏ると、それに引っ張られて高音域もどんどん重たく(声帯が分厚く)なってしまうわけです。
地声感の強いミックスボイスに憧れる人は少なくないですが、ミックスボイスがバランス運動という点を踏まえると、そもそも地声が重くなり過ぎないように注意する必要があります。
高音で「あ」の母音が多く使われている
「粉雪」という曲の歌詞にも、実は歌唱を難しくさせてしまうロジックが隠されています。
サビの歌詞ですが、「粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら Ah」となっております。
高音部分に付けられている歌詞の「母音」に注目してみてください。
「こな(ぁ)ゆき・そめら(ぁ)れたなら・A(ぁ)h」といった具合に、見事に「あ」の母音が使われているのが判ります。
実は「あ」の母音ですが、※フォルマントの特性上、「地声に成りやすい」という特徴を持っています。
「フォルマントは共鳴腔の容積によって作られるAcoustic Value(音響数値)である。と考えるのが最も自然でしょう」と前回の倍音編で書きました。
例えば、ペットボトルに水がある程度入った状態で息を吹き込むと高い音が作られます。
◆ 空間容積が狭い = 高い音をブーストする→高音域にフォルマントが出来る
※超重要なポイントです。ペットボトルに水をそこから減らした状態で息を吹き込むと低い音が作られます。
◆ 空間容積が広い = 低い音をブーストする→低音域にフォルマントが出来る
※超重要なポイントです。つまりは「広い空間は低い音をブーストする特性がある」そして「狭い空間は高い音をブーストする特性がある」と言う事が言えます。
https://www.voicetrainers.jp/349/
どうりで「粉雪」のサビは地声で張り上げてしまい易いわけだぁ…。
A4(ラ)へ跳躍するメロディーライン
サビのメロディーラインも、発声を難しくする要素の一つです。
サビ頭のフレーズですが、D4(レ)からA4(ラ)へと、一気に音程が上がります。
こういった一気に音程が上がるフレーズを「跳躍」と言います。
同じA4(ラ)の音に到達するにしても、例えば①D4(レ)→F4(ファ)→G4(ソ)→A4(ラ)や、②D4(レ)→F4(ファ)→A4(ラ)と上がるのと、③D4(レ)→A4(ラ)では難易度が違うのです。
この場合、ロジック的に実は②<①<③の順で難易度が上がります。
③の跳躍は、音同士の距離が極端に離れている為、勢いよく張り上げてしまいがちで、①の階段状のフレーズは逆に音同士が隣接する為、A4の前の音の発声状態を引きずってしまうことで張り上げやすいのです。
それに比べると、②のフレーズは音同士の距離が比較的等間隔ですので、最も叫び辛いというわけです。
イメージに囚われ張り上げやすい
これは単純に、『粉雪』という曲の持つイメージが「力強いパワフルな声での熱唱」というイメージが強すぎて、地声を張り上げる方向に向かってしまうという考えです。
ですが、あの声帯の分厚さで、あの音域が歌えるのは、声帯のスペックに恵まれているのは明らかです。
皆がみんな、訓練したからと言って、あのガツンとベルト(ベルティングの略称)した太い声で歌えるものではありません。
これは私がよく言う言葉ですが、「ボイトレは魔法ではない」ということです。
どんなに努力してボイトレを積んでも、自身の声帯のポテンシャルを超越したパフォーマンスを発揮することは出来ないのです。
大切なことは、「自身の声帯のポテンシャル内で最大のパフォーマンスが発揮できるように努力する」ということ。
参考までに、元E-girlsの鷲尾伶菜さん、そしてUruさんの女性歌手による『粉雪』のカバーを紹介させて頂きます。
ガッツリと張り上げて歌うことで、ミックスボイスから遠ざかってしまっている人は、原曲のイメージに囚われないことが必要かもしれません。
粉雪を攻略する為の練習法
ここまで散々、難しい理由を解説してきましたが、最後に「粉雪」の攻略法をお伝えさせて頂きます。
上記で説明した通り、高音で「あ」の母音が多いので、ミックスボイスを保つのが難しく地声に成りやすいわけですから…
「こにゆき」「こぬゆき」「こねゆき」「このゆき」といった感じです。
人によって発声しやすい母音が異なる為、全母音を試してみて、最も張り上げない且つ裏返らない母音を探ってみてください。
「あ」以外の母音で歌えるようになったら、「あ」に戻して練習してみましょう。
やっぱり「あ」だと張り上げてしまうという場合は、他の母音から「あ」の母音にスウィープさせて練習してみてください。
「こにぁゆき」といった感じです、そこから次第に他母音の補助を外して「あ」のみでも歌えるように感覚を掴んでいってください。
例えば「い」の母音が一番歌いやすい場合、すべての歌詞を「い」だけで歌ってみるということです。
とにかく徐々に難易度を上げていくことが重要です。
人によって発声しやすい母音が異なる為、全母音を試してみて、最も張り上げない且つ裏返らない母音を探ってみてください。
まとめ
意外と歌うのが難しい冬の名曲、レミオロメンの『粉雪』について解説させて頂きました。
「めちゃくちゃキーが高いわけでは無いのに、なぜか歌い辛い曲」というイメージがあったかもしれません。
ですが、そのロジックを詳しく紐解いてみると、難しいと感じる要素がふんだんに詰まった曲だということがお判り頂けたかと思います。
ミックスボイスで歌えない人は勿論のこと、実はミックスボイスで歌える人でさえも難しく感じる曲です。
バランスの良いハイクオリティーの発声スキル獲得こそが、『粉雪』攻略のカギですので、それを念頭にボイトレに励んでみてください。